80%ぐらいのがんばり

3歳娘との生活や読んだ本など

ちきりんはやっぱりすごい『未来の働き方を考えよう』

ちきりん著『未来の働き方を考えよう』(文藝春秋)を読んだのですが、やっぱりちきりんさんはすごいなぁと。ネット上の人がもう1億回ぐらい思ったことを、本を読んで改めて思ったので、書き記しておくことにします。

 

 

超ざっくりいうと『未来の働き方を考えよう』は、「新卒採用→65歳で定年で第二の人生」のような生き方はもう無理だってみんな気づいてるよね。プラス今の子供は将来海外で働く機会も増えるよ。現代の働き方は、これから大きく変わるよ。あなたは未来をどうするの?という本です。

 

正直、第3章ぐらいまでは、特に目新しい記述はなかったです。

働き方革命系の本を何冊か読んでいたり、それこそネットでちきりんさんとかイケダハヤトさんとかphaさんとか伊藤洋志さんなどをフォローしている人なら日々触れている情報です。

 

〈序章〉 ”働き方本”ブームが示すモノ

〈第一章〉現状維持の先にある未来

〈第二章〉世界を変える3つの革命的変化

〈第三章〉新しい働き方を模索する若者たち

 

第3章までは、ちきりんさんが読んだ本のまとめで、現状把握といったところでしょうか。末尾の<参考文献>とともに、面白そうな本があればマークしておきましょう。私もリンダ・グラットン著『ワークシフト』をkindleでポチっておきました。

 

ワーク・シフト ─孤独と貧困から自由になる働き方の未来図<2025>

ワーク・シフト ─孤独と貧困から自由になる働き方の未来図<2025>

 

 

しかし、4章からが「ちきりんのすごさ」というか、この方が支持されている理由がわかってきます。

 

途中まで読んで、『自分の頭で考えよう』は、読み進めるたびに発見や驚きがあったのにと物足りなく思っていても、やはりちきりんさんの本は一定の満足感を読者に与えてくれます。

 

ちきりんのすごさ1:著者の結論がしっかり明記されている!

 

4章以降は以下のように続きます。

〈第四章〉「ふたつの人生を生きる」

〈第五章〉求められる発想の転換

〈終章〉 オリジナル人生を設計するために

 

第4章からは、現状を踏まえたうえでの、ちきりんさんの結論。

それは「職業人生は2回選ぶ」と考えること。

 

40代で働き方を選びなおす。1度目の就活がパッケージ旅行なら、2度目の就活は自由旅行。なにもわからない20代の就活と異なり、40代なら自分や社会を少しは知っていて、人生の有限性を意識する頃です。この時期に本気のワークライフバランスを実現しようというのです。

 

うん、おもしろい。

・40代での就活は厳しすぎる。

・ちきりんは強者だからできる。

など実現可能性にはいろいろケチつけられますよ。一言でいうなら「理想論じゃん」とね。

 

でも、さんざん「問題です!こんな点が問題です!未来は大変です!」って不安を煽っといて、読者の「じゃあ私たちはどうすればいいの?」という問いかけには「自分磨きを頑張るしかないよね~」みたいなふわっとした結論しか出さない著者のなんと多いことか(1500円返せって気分になる)。

 

もちろん本を通して課題を認識し、読者自身がそれを考える行為も大切です。ですが、せめて「こんだけ問題を認識してるあなたの結論はどうなのですか?」と。

 

そういった意味で、ちきりんさんの姿勢というのは、非常に誠実で好感が持てます。

 

ちきりんのすごさ2:わかりやすく説明し、他人をその気にさせる力

もともと、ちきりんさんは、他人にわかりやすく伝えるということに非常に優れた方です。いろいろ漏れ聞かれていますが、ご自身では経歴を明かさず、これほどの支持を得ているのはその証左でしょう。図やグラフの使い方も、非常に参考になりますねw

 

「ちきりんは、強者だから」といいますが、ちきりんさんぐらい頭が良くても、

・新卒時には、10年後、20年後の働き方や自分のやりたいことなんてわからない

・死ぬまでお金に困らない人とは、寿命が短い人

という部分もよんで、「このぐらい頭の良い人でも、現実はこうなんだ」と私は安心しましたw

 

ちきりんさんの論を実現するには、そうした40代で生き方を選びなおす人がたくさん出てこないといけません。理想論を理想論のまま飾っておくのではなく、実行に移す人が増えれば、それは一つのモデルケースになります。

また、雇われに関しては、40代でキャリアチェンジしても、「使えるじゃん」という人がふえれば、採用のハードルも下がります。

 

・40代で職業人生を選びなおし、定年年齢でプツリと引退するのでなく緩やかに引退する人

・反対に、40代で子育てを終えて、バリバリ働きに出る元専業主婦

 

こうしたモデルケースがたくさん出てこそ、社会もそうした人を受容しはじめます。大企業を惜しげもなくやめたり、今とは違う働き方を模索する若者が増えたように。

 

だからこそ、ちきりんはこの本で、あえて特定の読者を限定せずに、就活中の学生やサラリーマン、専業主婦など、たくさんの人に問いかけ、それぞれの立場の人向けの「例」を挙げているのではないでしょうか。

 

※ちきりんさんの著書に限らず、こういう新しい働き方だったり、自己実現の本を読んで、その気になった人が仕事やめたりして、痛い目を見ることもあります。これだけうまいと「罪深い」面もあるのかもしれませんね。

 

ちきりんのすごさ3:キャリア形成に関しての話が上手いw

読者の「じゃあ私たちはどうすればいいの?」という問いかけには「自分磨きを頑張るしかないよね~」みたいなふわっとした結論しか出さない著者のなんと多いことか(1500円返せって気分になる)

 

って書いた舌の根も乾かぬうちに…ですが、ちきりんさんぐらい上手ければ話は別です。ちきりんの中の人が言われている通りなのだとしたら、餅は餅屋ということなのか。いや、別世界の住人過ぎてよくわからないのですが。

 

「 〈終章〉 オリジナル人生を設計するために」は、以下の3つで構成されています。

ステップ1. 手に入れたい人生を明確にしよう!

ステップ2.複数の将来シナリオをもとう!

ステップ3.市場で稼ぐ力をつけよう!

 

ステップ2のキャリア形成・5つのシナリオメゾットは、やってみる価値ありです。

 エンジニアならエンジニア、営業職なら営業職など、その後のキャリア形成であり得る道を5つ考えます。

 

例:今の職業がエンジニアの場合

(著書ではもっとよい例が詳細に載ってます)

 1.オタクエンジニア道

2.トレンドを追う売れっ子エンジニア

3.エンジニアというバックボーンを生かした営業職

4.組織マネジメントを身に着けて、最終的には組織の経営者側へ

5.自らベンチャー企業を起こす

 

「なんとなく今の仕事を続けることには不安がある」という私みたいな人間にとっては、 

うん、こういうの待ってた。

とりあえず、これで不安の正体と自分に足りてない能力がわかる気がする。

 と良い話聞いたな~という感じです。

 

でも、まだ5つも思いついてない。自分の仕事への理解の欠如、自分に足りない能力を知る能力すらないのか…と愕然とするw

 

ステップ3も面白いです。

「市場に近いところで働くことが重要」、子育て中の方は「市場で生きていく力を子どもに身に着けさせるには、どうすればいいのか考えたほうが良い」とあり、このステップ3についてももっと詳しく!特に子育てについてもっとアドバイスしてくれ!

とちきりん氏にすがりつきたいと思ったとこところで読了となりましたw

 

というわけで『未来の働き方を』で、おすすめです!

忙しい人は、第4章以降から読みましょう。

 

子供との遊びが辛いときの対処法

子供との遊びが苦痛なので、今日は一緒にクッキーを作りました!

私はお菓子作りが趣味なわけではありません。むしろ一人では絶対やりません。

 

ですが、粘土遊びをしながら2時間クッキー屋さんごっこに付き合わされるぐらいなら、もう割高のバターをがんがん入れて、小麦粉をどばどば床に零しても、子供と一緒にクッキーを作ったほうが断然有意義でした!

 

…子供と遊ぶのが最近、特に辛いのです。子供のことは大好きなのに、フルタイム勤務なので平日は1時間前後しか遊ぶ時間もないのに、遊び相手するのが億劫に思えて仕方ないときがあるのです。

 

でも、そんな私にも少しだけ打開策らしきものが見えてきました。

同じように悩んでいる方の参考になればと思います。そして、良いアイデアをお持ちの方は、どんどん教えてください(切実)。

 

子供の遊び相手が苦痛になる3つの原因

 まずは、原因から分析します。なぜ、母親である私は、可愛い我が子の遊びに付き合うのが辛いのだろうか?

 

1.謎のマイルールが存在

赤ちゃんの頃は、ミニカーをぶん投げるなど、自由すぎるほど自由だった子供も、ある程度の年齢になると、ルールを理解して遊ぶようになります。しかし、そのルールが大人からすると理解不能なこともしばしば。

 

我が家の理解不能な遊びを挙げるなら、2歳の頃にやりだした『鬼のいないかくれんぼ』が代表的です。かくれんぼという遊びを一応理解したからこそできる遊びではあるのですが、「ママはここに隠れて」と押入れの中に連れていかれ、娘は布団に潜る。その後、「まあだだよ~」と娘が叫び続ける遊びです。

 

今思い返しても、その不毛さに「辛い…」と一瞬でうつ状態になれますね!

 

2.遊びの終わりが見えない。何度も同じことを繰り返す

『鬼のいないかくれんぼ』もそうですが、子供の遊びは終わりが見えません。最初は微笑ましく思っても、高確率で付き合っている親は途中で飽きます

 

うちの子は、非常に根気がある性格で、それが私にとってどんなに面白くない遊びであろうとも、一度はじめたらめったに飽きることはありません。砂場にいけば、3時間は余裕で、砂場遊びに集中する。滑り台を滑らせれば、他の子がほかの遊具に目移りしても、「なにがお前そこまで駆り立てるんだ?」というぐらい、登って滑ってをひたすら1人で繰り返す…。

 

しかし、私などまだ序の口かもしれません。ママ友は、子供がひらがなを覚えてすぐの頃、カルタの読み手をやりたがり、自分はひたすらカルタをとる役割をやらされたそうです。札を全部取って、「そろそろ終わりにしよっか?」と促しても、繰り返される「まだやる!」攻撃。

 

夢中になっている対象がお勉強に関わることだけに、無下にしてはいけないという心理が働き、競争相手のいないカルタにひたすら付き合ったそうです。しばらくは夜寝る前など、静かな環境に身を置くと、子供がカルタを読む声が聞こえる…といった後遺症も出たそうです。

 

3.そんな気分じゃない…が通用しない。

子供が3歳になり、これで少しは一人遊びもできるようになるかな?と思ったら、そうでもなかった。むしろ知恵がついてきた分、真剣にやらないと怒られたり、ダメ出しされるようになりました。

 

結果、「わぁ~おいしそう!」って、毎日ペットボトルキャプの中に、ビーズ入れて、おにぎりに見立てた物体をもぐもぐと食べる真似を繰り返す日々です。

 

帰宅後に余力がある日はいいんです。しかし、疲れているときは、表情筋が引きつってます。無理をしている自覚があります。

 

親にとって苦痛に感じる遊びを見極めよう

 

子供に好きな遊びがあるように、付き合う大人にも、遊びの好みというのが存在します。

 

母親である私が好きな遊び

整理した結果、私が子供の相手をしても、ほとんど苦痛に感じないのは以下のような遊びです。

 
・絵本の読み聞かせ

「何冊も同じ本を読むのが苦痛!」という人もいると思いますが、私は1時間ぐらいなら例え同じ本でも読み聞かせしていてそこまで苦じゃありません(できるなら違う絵本がいいですが)。

 

娘は図書館の布絵本で遊んだり、絵本や図鑑を見ながら「なぜ?なに」攻撃をしてくることもあるのですが、そうした時間はむしろ好きです。娘の好奇心がどこに向いているのか見るのも好きですし、「よくできているな~」と絵本や図鑑の制作者側の意図を察するのも楽しいです。1番自分の趣味・嗜好にマッチしている遊びといえるでしょう。

 

・散歩や外遊び

ほぼ週末しか行けないのですが、外遊びを苦痛に感じたことはあまりにありません。むしろ、外に出たい。例え3時間ひたすら砂場で遊ぼうとも、外にいるだけで解放感が違います。公園で子供と過ごす時間は、最も幸せを感じる瞬間です。

 

・工作・制作・パズルなど

子供の遊びは、大人からすると「それで?」と目的や意味のないものが多い。そうした目的や意味に縛られない遊びが大切なことは理解できるのですが、残念ながら私は童心を忘れてしまったため、付き合いきれないんですね。そのため、なにか目的があったり、目に見える形(成果物)が残ると非常に安心します。

 

しかも、こうした制作系の遊びは、子供の遊び相手が苦痛になる原因で述べたようなマイルールが入り込む余地も、終わりが見えないといった事態も避けられます。疲れていても、手を動かす行為はむしろ気分転換になって、余計な思考から解放されるメリットもあります。

 

ちなみに、この理屈でいえば、本当はレゴなどのブロック遊びも良いはずなのですが、娘はまだ大したものが作れないので、指人形用の部屋を作って!などと指示されるので、私はあまり楽しくないという現実が…。

 

母親である私が苦手な遊び

私が苦手な遊びは疑いようもなく以下です。

 

・ごっこ遊び

 おままごと。お店屋さんごっこ。バスごっこ。などなど。

馬鹿らしいとは思いません。よく思いつくな、よく見てるな~と感心はするし、保育園ごっこなどは普段の様子が知れて興味深いです。ほかの人と娘が一緒に遊んでいるのを見るのも楽しい。

 

しかし、自分が参加するはダメ。「これ、いつ終わるのかな?」と遊びが始まって5分後には、気もそぞろになっています。

 

好きな遊びとして、「工作・制作・パズル」をあげたのとは逆に、なんの目的もなく、なにも残らないことに時間を無駄にしているような感覚に襲われてしまい、集中できないのです。

 

現在、実践している対処法

 

端的にいうと、子供をできるだけ母親である自分の好きな遊びに誘導することです。

私はごっこ遊びが苦手なので、それを回避するように、その他の遊びで時間を埋めるようにしています。

 

人によって苦痛に感じる遊びが違うので、「全然参考にならない!」と思うかもしれませんが(石を投げないで!)、重要なのは遊びの主導権を子供ではなく、親が握ってしまうという発想の転換です。

 

「ごっこ遊び」を「本物」に切り替える

 冒頭で述べたように、お菓子作りは別段好きではありませんが、粘土のクッキー屋さんごっこはそろそろ遠慮願いたかったので、「粘土で遊ぶ!」と繰り出されたタイミングで、「それよりクッキー作らない?」と誘導しました。

 

以前、おままごとブームが到来したときには、米をとがせたり、パン焼き機への材料をセットをさせたり、おにぎりを握らせたり、なにもなくてもとにかく卵を割らせてかき混ぜさせたりした際、子供が思いのほか真剣に、喜んで取り組んだという経験からです。

 

本物に触れさせると、そのときの状況を再現したくて、逆にごっこ遊びがしたくなるという危険性もありますが、料理系は「次はこれ作ろうか?」などネットのレシピ写真を見せたり、「材料はなにが必要?」と買い物メモを作るふりして、エンドレス状態に突入するのを回避できます。

 

ちなみに路面電車の絵本に影響されて、電車ごっこが流行したときは、一緒に時刻表を調べて乗りに行きました。

 

本物に触れさせて、子供に悪いこともないでしょうし、計画を立てる時間は大人でも楽しいのでおすすめです。

 

散歩に連れ出す

家での遊びが苦痛なら、散歩に出ればいいじゃない!

 

いつもは保育園から帰宅すると、すでに6時を過ぎていて、即夕飯となり、夕食後~お風呂の時間までが遊びタイムです。でも、温めればごはんが即食べられるような状態の日は、帰宅後に10分~20分程度、近所を散歩しています。

 

夜9時までにお布団に入ることを習慣にしているので、「散歩に行った場合、夕飯後は遊んであげられない」ということは子供に言い聞かせています。(時々、散歩もしたい!ごはん後も遊びたい!となるが…)。

 

少し夕飯が遅れても、親子でのんびり歩いて、野良猫を発見したりなど楽しい出来事もあって、満足感があります。外で過ごす時間はまったく苦にならないので、たぶん私は密室で子供二人きりというのが苦手なのだと思います。自分が苦手な状況は、できるだけ回避したほうが、良さそうです。

 

習い事もありなのかもしれない…

実践しているわけではありませんが、子供の遊び相手をするのが辛いという方の場合、習い事をさせるというのもありな気がしています。身につく、身につかないといった次元の話ではなく、子供はいろいろ発散できますし、親も気が楽になるのでは?

 

ただ、我が家の場合、平日は時間的に無理ですし、やはり保育園で過ごす娘の疲労を考えると、土日はなるべく予定は入れたくないんですよね。そのため、保留。効果的な方法な気はしています。

 

子供と遊ぶのではなく、一緒に過ごす時間が楽しければOK

 

子供が好きな遊びを選択して、親もその遊びに楽しく付き合ってあげられれば理想的です。でも、「楽しくないもの」と感じてしまっているものはどうしようもありません。義務感で我慢して付き合うか、強引にでも主導権を握ってしまうか。私は後者のほうが良いと判断しました。

 

自分本位な考え方であることは承知ですが、本当は子供も遊びの種類はなんでもよく、単に親に甘えたい、一緒に過ごしたいだけという気分の時も多いように思います。

 

子供と楽しく遊ぶのではなく、楽しい時間が過ごせればそれでOK。我が家はしばらくそんな割り切りのもと、日々を送っていく予定です。

 

 

 

人間関係を断捨離?「学生時代の友人」の寿命

最近は、『人間関係の断捨離』とか言って、不要な人間関係を整理してストレスフリーに!なんて話が流行っているらしいですね。わかるし、共感します。

 

『不要な友達』って結構多い。特に学生時代なんとなくつるんでだだけの人とか、環境が変われば特に話すこともなくなります。世間には、「青春時代を過ごした仲間」みたいに言いますけれど、私は学生時代の友達こそ、真の友達…みたいな考え方には違和感があります。

 

自分が柔軟だったからこそ付き合えた仲である一方で、教室や学校という閉鎖的な空間だったから友人になった…もしそういう環境じゃなかったら積極的に友人になろうとは思わなかった人も含まれるわけです。

 

10代~20代って1番価値観が変わる時期です。生まれ持った性質、ピュアな部分、もちろんあるだろう。でも、もう18歳と28歳では、まったく別の人みたいにすごく変わっているケースだってそう珍しくない。

 

年齢、環境の変化によって、「友人としての寿命が切れかけている」とお互い感じる瞬間があります。特に女の人は、結婚・出産など人生の選択肢が大きく分かれたりもしますしね。

 

時間もお金は有限です。この人と話す時間や会うためのお金がもったいないと思うなら、フェードアウトした方がお互いのためです。自分が惰性で付き合っているのに、向こうがめちゃくちゃ楽しい!なんてこともありません。

 

私は高校卒業後、当時の友人からの飲み会の誘いがあり、3年ぐらいはたま~に出席しましたが今は適当な理由つけて断ってます。そのうち誘われなくなるんでしょう。結婚式の報告を受ければ、ご祝儀は送ります。

 

相手を人として嫌いなわけではありません。優先順位の問題です。

大勢でわいわい集まって、カラオケして、思い出に浸る時間を私は求めていません。

知らない職種の話を聞くのは楽しいですが、ネガティブな話題にはできるだけ近づきたくありません。

 

世間話をして息抜きになるなら良いけど、私にとってはその時間とお金は、もっと子供や仕事の勉強のために使いたいのです。

 

今、私が会う学生時代の友人は、大学時代をともに過ごした3名限定です。

大学院生、公務員、主婦など、現代の立場は様々ですが、共通するのは彼女たちとは将来についての話をした経験があり、今も同じように未来に関する話ができる、といういう点です。

 

・大学院に進んだ友人の論文が学会誌に掲載された。

主婦の友人が調理師学校への入学を決めた。

・公務員の友人(オタク)のサークル活動が上手くいってる。

 

特別なニュースがなくても、「こんなことに興味がある!」「こんなことがしたい!」と彼女たちにはいつもそれぞれ夢中になっているものがあります。たぶん彼女たちも人付き合いより、自分のやりたいことを優先するタイプでしょう。彼女たちと過ごす時間は、月並みな表現ですが、「自分も頑張ろう!」と未来への活を与えてくれるものです。

 

きっとこうした友人とは10年後も楽しく話ができる。自分の子供に抱くとの近い感覚で、彼女たちがどんな人生を送るのか、とても興味がある。物理的な距離は離れていますが、なにかあればたくさんの時間とお金を使ってでも駆けつけます。学生時代(過去)の友人でありながらも、お互いの未来を楽しみできる仲なのです。

 

あんまり好きな考え方じゃないですが、友人関係って維持するだけでコストがかかるのは事実です。現在がまさにそうなのですが、20代後半の女性の結婚ラッシュ時期とか、祝儀代等で、年間10万以上飛んだりしますw

 

『断捨離』はキツイ表現ですが、ある人にとっては大切なものでも、ある人にとってはもう役目を終えたもの。人間関係もまたしかり。

 

とりあえず残った数少ない友人には、断捨離されたくないなぁ。

『毎日かあさん』は子育て中以外の人が読んでもおもしろい

2017年6月26日に毎日新聞で連載中だった『毎日かあさん』の連載が終了しました。

私は西原理恵子先生の作品は『できるかな』シリーズをきっかけに読み始め、『毎日かあさん』は独身の頃から読んでおりました。

 

独身女性20代が読んでも十分おもしろい

 

なぜ私が独身の頃から『毎日かあさん』を読んでいたのか?西原作品を追いかけていたら自然とそうなったという考え方もありますが、『毎日かあさん』は西原作品らしく、笑えて、生きるパワーに溢れた作品だったからです。

 

最近の連載終了にあわせて「育児中の女性を救った!」といった取り上げられ方をされることもある『毎日かあさん』ですが、子供のいる・いないに関わらず、生きるエネルギーが枯渇しているときにはぜひ読んでほしい作品です。『育児漫画』とカテゴライズするのはもったいないと思います。

 

4巻の『出戻り編』の素晴らしさはあらゆるところで語られていますが、私はその後の5巻『黒潮家族編』、6巻『うろうろドサ編』での西原さんと子供たちの旅先のシーンも好きです。というか、私は西原さんの描く「海」の描写がすごく好きなんですよね。

 

西原さんの地元である高知県の海、東南アジアなどの海、沖縄の海など、描く場所は様々ですが、漁村の風景も、リゾート地と思われる場所の海も、どれもしっかりと波の音や潮風の匂いを感じられます。

私は色々あって「海」という自然に人一倍思い入れがあり、、歩いて海に入れる距離の宿に長期滞在して、こどもと楽しい夏休みを過ごすという夢を独身の頃から持っていますw

この夢もやはり『毎日かあさん』の影響を受けている気がしております。

 

あと保育園さぼって娘とランチとか、雨の日に親子でダラダラとか、0点とった記念に大盛りアイスとか…あこがれる!0点の大盛りアイスは、自分がしてあげたいのではなく、自分がしてもらいたかったことなのかもしれません(0点取ったことはないが)。

作品全体を通して、西原さんの子供時代のエピソードもあり、『女の子ものがたり』の原点かな?と思われるような話も時折見かけます。

 

毎日かあさん』には、日々の暮らしの面白さ、そしてそんな日常を精一杯生きる人への愛情が溢れているように感じます。アルコール依存症の元夫、問題児として扱われかねない子供の友達、傷ついたママ友、捨て犬など、愛情の対象が自分の子供に限らない点が印象的です。

 

最近の私のお気に入りシーン

 

実際に子供が生まれてからは「わかるわかるよ!」と共感したり、まだ幼児である我が子が今後どんな成長を遂げるのか、西原家の様子を見ながら、妄想にふけっておりました。

 

お気に入りのシーンは、その時の精神状態によって変わるのですが、最近は「いい子になる必要はないよ。いい子は自分のこと後にして、みんな人に譲っちゃう。まずは自分が幸せになってね」という言葉をよく思い返します。

 

実は先日保育園の二者面談があったのですが、総括するとうちの子は「意欲にじゅうまる。協調性さんかく」らしいのです。まぁ年少だし、早生まれだし、一人っ子だからある程度は仕方ないし、今から無理にお友達と仲良くしなくてもな~と悠長に構えてはいるのですが、確かに性格は頑固です。そして、保育園の女の子は総じて年下の子のお世話をしたがるものですが、うちの子は唯我独尊タイプで、年上(しかもやんちゃ系の男の子)には多少の興味を示すものの、年下にはまるで興味なし!

 

「甘やかしすぎ!」といわれると反論もできないのですが、だって親の私からすると怒るポイントがあんまりないんです。毎日8時~18時まで保育園で過ごして、でも朝はちゃんと起きるし、食べ物の好き嫌いもない。

 

「お友達や年下の子と仲良く遊べず、一人で遊んでいることも多い」という割に、本人は保育園好きで、体調不良の時も「保育園休みたくない!」と自己主張する。本当に私の子か?というぐらい、よくやってます。まあ、一人でも楽しめてるあたりが私の遺伝子なんですかね。

親バカを承知で言いますが、もう十分『にじゅうまる』なんです。

 

と、こうやって子供を肯定できるのも、『毎日かあさん』のおかげかもしれないなぁ。

 

子育ての終わりってどんな感じなんだろう?

 

世間一般的には、育児漫画は子供が大きくなるとパワーダウンするといわれており、毎日かあさんにもそんな評価があるようです。確かに、巻数が進むにつれて、こどもが無茶をやらかすことはなくなり、本の半分近くがこども以外のエピソードという状態も見受けられました。

 

ですが、話そのものは少なくなりましたが、10巻以降、特に娘さんが思春期に差し掛かってからのエピソードも十分面白いです。『育児漫画』『子育て漫画』というと、やはり幼児期の作品が多く、この年齢の子育てが漫画として描かれているだけでも貴重です。

 

そして、西原さんは「卒母」を宣言していましたが、自分の子供を「もう大丈夫」と外の世界に送り出すのってどんな気持ちなんだろう?と、3歳児を育児中の身の上からすると、非常に興味深いです。だって、今やっている教育やしつけの目的の多くは、いずれくるその時のためのものですから!

 

最近では、子離れできない親、そうした親をしんどく感じる子供も大勢います。ですが、西原家の場合、自立(特にお金の面)に関しては、子育て期間を通して徹底的に叩き込んでいたのではないでしょうか。

 

西原理恵子著『この世でいちばん大事な「カネ」の話』は私も我が子に読ませたい1冊です。だからこそ、娘さんが16歳でやりたいことを見つけた時期の連載終了は、非常に西原家にとっては自然なことで、『毎日かあさん』らしい終わりといえそうです。

堀越英美『女の子は本当にピンクが好きなのか』で紹介された海外のおもちゃ

理系・文系なんて分け方がナンセンスだ!といいたいのだが、わたくし、疑うことなき文系人間です。得意科目は国語と社会科。理科系なら唯一生物が好きだった。数学は小学校の算数の長さでつまずき、高校での化学は「これ日本語???」というレベル。物理は選択科目だったんだっけ?高校物理を学んだ記憶が一切ないのだが。本当に習っていないのか記憶から抹消したのか…。

 

しかし、文系人間ほど理系的なものに憧れがあるのも事実。自分が文系であるという自覚が強いからこそ、わが子には先入観なく、数学や科学に親しんでほしいと願っている。虫の良い親である。

そんな中、読んだのが堀越英美『女の子は本当にピンクが好きなのか』だ。

 

本書は「ピンク」をテーマに、女性とピンクの歴史、最近の女児玩具カルチャー、女性(女の子)の自意識とジェンダーの問題にも踏み込んでいる。私を含めて女性は、小さいときから「女」という性の影響をものすごく受けているのだなと再実感。

 

女の子=ピンクのイメージに違和感がある方、海外(主にアメリカ)の最新女児カルチャーを知りたい方、ジェンダーの問題に関心がある方など、本書は「ピンク」を入口に多くの問題の示唆に富んでいる。

 

さて、私はジェンダーの問題に関心がないわけでもないが、この本で1番興味を抱いたのが第2章ピンクへの反抗と第3章リケジョ化するファッションドールの部分だ。

 

女の子は本当に理系が向いていないのではなく、「数学や化学が苦手なのが女の子らしい」という社会認識に縛られているという指摘には納得。

 

オバマ大統領は就任以来、STEM教育の推進を測ってきた。STEMとは「Science, Technology, Engineering and Mathematics」の略であり、科学技術分野を支える人材の育成を国家的な重要事項と捉えていた。しかし、アメリカでもこうした科学技術分野への女性の進学率・就業率の低さは顕著だったようだ。

そうした中、既存のおもちゃは男の子は空間把握能力が伸びるようなブロックなどの種類が充実しており、冒険・宇宙などのテーマも幅広いのに対し、女の子向けのおもちゃはピンク・パステルカラーでプリンセスが出てくるキラキラ系、舞台はおうちやお庭が多く、「お世話」「かわいさ」という領域に限定されていると保護者たちから問題視されるようになった。

その結果、STEM教育に役立ち女児の知的好奇心を刺激するおもちゃや新しい女の子のあり方を模索したおもちゃが誕生していく。アンチピンク運動とも呼べるものだ。

 

この新しいおもちゃが本当におもしろい!

 


Roominate: Way Better Than a Dollhouse 

自由にドールハウスを組み立てられるルーミネイト。電気の配線も自分で考えて、扇風機を回したり、ライトをつけるなどの電子工作が可能!

これはほしい…。ドールハウスで遊びだけでなく、作る喜びも味わえる。昨今のDIYブームを考えると日本でも商品化してほしいところだ。

 

shop.lego.com

2012年に発売された女の子向けレゴ「レゴフレンズ」。パステルカラーのレゴ、結構みかけますよね。このシリーズが発売されてから、10パーセントに満たなかった女子のレゴユーザーが27パーセントまで伸びたとか!

しかし、既存のレゴを愛する人々からは、「レゴフレンズ」という女児向けのキッドを作ってしまうと、女の子はそれ以外のレゴを男の子向けだと思って逆に近づかなくなるのでは?という懸念も聞かれたそうで、一理あるかなと…。

興味を持ってもらうためにやったことが、逆にその他の商品への敷居を高くするのは難しいところだ。そもそも分けることのそものが「差別」という考えもありますしね。

 

他にも「女の子レゴがすることはおうちで過ごしたり、お買い物にでかけるだけ。男の子のレゴはもっと冒険するのに!」という4歳の女の子の声にこたえて、レゴはレゴフレンズではなく、女性の科学者、天文学者、古生物学者をモチーフとした研究所セットも発売している。実際の女性科学者がこのセットを使って、日常を再現するTwitter@LegoAcademicsも人気で、おもしろい。

 

 


Project Mc² | OFFICIAL TRAILER

STEM要素を取り入れたファッションドールプロジェクトMc2には実際に使えるサイエンスグッズがついているんだとか。

オリジナルドラマ版では、科学やハッキング、電子工作に興味持つ「リケジョ」たちがスパイ組織の一員としてミッションをこなすハチャメチャコメディ!

ドラマやアニメの中に「科学要素」を入れるっていうのはめちゃくちゃ有効な理系教育だと思います。日本でも、科学要素を取り入れたアニメが妖怪ウォッチ並みに流行ったら、理系志望が爆発的に増えたりして…!?

 

 

お次は既存の女児カルチャーへの抗っているファッションドールたち。

 


Lammily - Average is Beautiful

19歳のアメリカ人女性の平均体形をモデルにしたラミリー人形。

脂肪やそばかす、妊娠線などもシールで再現できるらしい。

なにもそこまで…と思うが、スーパーモデルバービー人形とは真逆をいってるんでしょうね。バービー人形が女の子の摂食障害や体への自信のなさに繋がるという問題はよく聞かれます。

でも、バービーはバービーでエンジニアになったりして理系の職業にチャレンジ中らしく、彼女は彼女でキャリアウーマン道を邁進しててなかなかたくましい。

 

www.lottie.com

ラミリーちゃんが苦手な方はイギリス生まれのロッティーちゃんが可愛い。

9歳児らしい体形で、ファッションもショートパンツやロングTシャツ、靴はハイヒールなしで、親が子供に買い与えたい健全さに満ち溢れている。

でも実は宇宙飛行士に憧れる6歳の女の子のリクエストで天文学者ロッティーが登場して、国際宇宙ステーションまで宇宙旅行にいったりしてるすごいやつ。

 

 

最近はあまりうらやましくないことも多いアメリカですが、良くも悪くも消費者の意識が高いのかもしれない(人口の何パーセントかはわからんが)。保護者団体がおもちゃ屋で男女でコーナーを区切るのはやめるように抗議し、実現している。

アメリカはアニメへの規制も厳しと聞くが、それはこういった親たちの意識の高さが裏にあるのだろうか。

でも、日本で「リカちゃんやママは台所に立ってるのに、パパが新聞読んでるだけなのは性差別を助長してる!」とか訴えたら、モンスターカスタマー扱いされかねませんよね?

 

ルーミネイトなどの女児向け工作おもちゃは、最初はクラウドファウンディングから始まっているのも特徴的だ。

日本でも多くの女児を科学技術の世界に誘うようなおもちゃが登場してほしい。 

 

 

白状すると、男女でおもちゃの種類が違うことに対し、今までほとんど違和感を感じたことはありません。娘はまだ2歳なのでおもちゃも「積み木」「ブロック」「絵本」など基本的なものが主流で、そこにピンクやパステルカラーが入る余地はあんまりなかったです。

でも読後に近くのトイザらスに行ってみたら、対象年齢3歳くらいから女の子向け、男の子向けで売り場がわかれてました。女の子の売り場の装飾はやはりピンクで、お人形やドールハウス、お店屋さんセットなんかがやっぱり多かったです。

生まれながらの性差はあるし、女児向けのおもちゃにもプラス要素はたくさんあります。ただ無意識的に「女の子はここ!」と押し付ける前に、この本に出会えてよかったかも。 

作中では「ピンクカラーの罠」といって、日本の女児の憧れる職業は総じて低賃金であるという現実にも触れられています。

 

さんざん面白かったと書いておいてあれですが、この本お値段が2400円+税とやや高めです。私は著者の堀越さんの訳書『ギークマムー21世紀のママと家族のための実験、工作、冒険アイデア』を読んだことがあるので購入を迷わなかったし、読み終わって満足感しかないですが、私のこんな紹介では購入するか迷っている方もいるでしょう。

 

そんな時は目次を見てみよう!

著者の堀越さんの力量か、担当編集が優秀だったのか、目次とイントロダクションが非常に親切設計でわかりやすく、目次を見て買えば「はずれた!」というリスクをかなり高い確率で回避できます(たぶん)。

 

 

「保育園はかわいそう」と言われれば「かわいそうかもな」と本当は思っているワーキングマザーの子育て方針

保育園児はかわいそう?3歳までは母親が手元で育てるべき(3歳児神話)。なんて議論が尽くされている問題を今更取り上げます。苦笑

 

2歳娘を保育園8時~18時まで預ける私のスタンスは端的に言い表すと「仕方がない」です。うちは私が働かないと食べていけません。

中には、保育園万歳!保育園すごい!みたいな方もおられて、そういった態度に違和感を感じる方もいるようですが、「保育園がすごい」と思っているからといって保育園に子どもを預けることに不安がなかったという方もあまりいないと思うんですよね。不安だったからこそ、そのギャップに感動!みたいなことなのでは?

 

私も保育園で覚えてきたことを娘が披露してくれて感心することはありますが、保育園がすごいというより、集団生活が子どもに与える影響がすごいという意識です。そして、それは別に焦って習得しなくてもよい、そのうち身につく能力だとも思っています。

 

正直、私は保育園がかわいそうかと問われれば、まぁかわいそうかなと思っています。

1歳過ぎてすぐに通い始めたのですぐに「そういうものなんだな」と理解して、本人は元気に登園しております。

しかし、病気もいっぱいするし、寂しいこともあるでしょう。2歳なのでそろそろ一人遊びの時間が増えてもよいころなのですが、平日(帰宅後)はあまりしません。土曜日の午前中は私にべったりです。でも日曜日の朝になると一人遊びしてるんですよね。ママといたい欲求が満たされると一人遊びに移行できるんだと思います。

うちは預け時間も長いですしね。せめて時短勤務で16時とかに迎えに行ければ、晩御飯前に一緒にひと遊びできるし、夏場なら公園にも寄れます。もしくは完全週休3日で水曜休みが実現されればいいんですがw

 

「保育園はかわいそう」と他人に言われた経験のある方もいるのでしょうが、私は預ける前から私自身が1番かわいそうと思ってましたし、めぐり合わせもあると思いますが残念ながら保育園がすごく良いところだとは思っていません。今の園に対して、不安や多少の不満があるのも事実ですし、できるならもっと一緒にいてあげたい気持ちは常にあります。

※余談ですが、付き合いのある保育士や幼稚園教諭の友人もおりますが、彼女らの話を聞いていると、職員の人間関係とかなんだかな~と思います。あとは彼女たちに言わせると「可愛い子」「可愛くない子」がいるようです。本人たちはプロだから自分は隠せてる!と思っているのでしょうが、それたぶん子供に伝わってますよ。だって私は幼稚園児だったころですら大人のそういう感情の機微を理解してたし。大人になってから「僕(私)は先生に嫌われてんだな」とふと気づく人はさらにいっぱいいるでしょう。

保育園を増やす、保育士を増やすのは良いのですが、「質」にも目を向けてほしいですね。

 

ただ当たり前ですが「かわいそう」と他人が口出しするのは大きなお世話だし、私も決して娘の前でそういった態度はとりません。世間様にもできるだけそういった空気を出すのはご遠慮いただきたいですね。

この問題に限らず「○○だとかわいそう」という考え方は誰かを幸せにするとは考えにくいからです。

 

例えば美人(美男)に生まれなかったら?お金持ちに生まれなかったら?子供はかわいそうなのでしょうか?

庭付きの家で犬が飼いたい。グランドピアノがほしい。中学校を卒業したら外国へ留学したい。世界一周旅行に行きたい。

人間の欲求はたくさんあります。子供にいろいろな経験をさせてあげたいと思うのも親心。ですが、どんな親でも子供の望みをすべて叶えることはできません。親自身がしてあげたいと思ったことを、すべてしてあげるのも難しいでしょう。

 

大人になった私たちはどうでしょうか?もっと美人に生まれてれば。お金持ちなら。頭が良ければ。親が教育熱心な人だったら。愛情深い家庭に生まれ育っていたら…。きっと人生も変わっていたでしょう。

自己責任論は嫌いです。人間はスタートからして明らかに違います。でも多くの人が現実に折り合いをつけてなんとか生き延びているのも事実ですし、目指すべき方向はひとつではありません。

 

小さな子供が親と一緒にいたいというのは、もっと根本的な感情の欲求ともいえるので、この例えは不適切だと言われたら、そうなのかもしれません。

ですがこれからの人生、現実に折り合いをつけない日が必ず来ます。

 

私の好きなスヌーピーの名言です。

You play with the cards you're dealt

配られたカードで勝負するしかない。

 

とりあえず働く母である私は子供との時間を大切にします。

娘には簡単に「かわいそう」なんて言葉で自分や他人を測る人間になってもらっては困ります。夢を叶えて輝いてもらったらそれに勝るものはないですが、「まぁ悪くないかな」と現実を肯定的にとらえられる人になってくれれば万々歳です。

良い子でなくても、優秀でなくても、逃げたって嘘ついたっていいので、とりあえず生きることに肯定的でいてくれたらOK。我が家の基本方針です。

「小商い」に向いている人の特徴~伊藤洋志『小商いのはじめかた 身の丈にあった小さな商いを自分ではじめるための本』感想

 伊藤洋志さん監修『小商いのはじめかた 身の丈にあった小さな商いを自分ではじめるための本』を読みおえた。

伊藤さんの『ナリワイを作る 人生を盗まれない働き方』も読みましたが、『ナリワイを作る』が伊藤さんの自己紹介で「ナリワイ」をもって生きることの楽しさ、自由さを伝える「新しい働き方の提示」がテーマだとしたら、『小商いのはじめかた』は働き方の実践集・具体例の集まりという位置づけでしょうか。

 

 

 

  

企業が行う大きな商業活動とは違い、自分の目の届く範囲で小さな商いを行う。1つで生計が立てられないなら小商いを複数持てばいい。収入よりも、生活の質を大切にする。あくまで自分が必要だと思った程度の小さな範囲で商いをするから、競争も起こり得ない。

藤村靖之氏の『月3万円ビジネス』でも、月3万円のスモールビジネスが10個あればそれで生計が立つということを述べています。伊藤さんの著書が面白いと思っている人は、この本もおすすめです。

 

 

月3万円ビジネス

月3万円ビジネス

 

 

 私は割とサラリーマンが楽だと思っているタチなので、ナリワイだけで生きていきたいとは思いません。

しかし、「会社」に依存することは望んでいないし、恐ろしくてそんなことはできません。主体的に生きるための方法として「小商い」には関心があります。また、副業を持ちたいと考えるのは、できるだけ多様な価値観に触れていたいという思いが根底にあるからでしょう。

1日8時間仕事のためだけに頭を使っていると、なんというか、いつも同じ場所ばかり働かせて、どんどん頭の使い方が偏っていく気がします。慣れてくると、仕事というより、これはもう作業に過ぎないよな…ということも多くなります。

頭の中をオープンに、思考を拡散するための余白づくりとしても、副業(複業)として「小商い」には大きな効果が期待できそうです。

 

しかし!私は『小商いのはじめかた』を読んで思った。思ったのです。『ナリワイを作る』のときから思っていたのだが、再確認しました。この世には、「ナリワイ」「小商い」をするのに向いている人と向いていない人がいる。向いている人間の特徴を勝手にまとめてみます。

 

「ナリワイ」「小商い」に向いている人の特徴

 1.手先が器用

 ものを作る系の小商いでなくても、小商いは低コストが基本。「Do It Yourself=なんでも自分でやる」の姿勢が大切なのだ。手先が器用という特徴はそれだけで大きなアドバンテージだ。

初っ端から自分に大ダメージ。

 

2.センスが良い

センスが良くなくても成り立つ小商いもあるので、必要条件ではない。でもやっぱり、おしゃれさ、かわいさ、おいしさを上手にアピールできると選択肢が広がる気がする。付加価値つけようと思ったら、このへんやっぱり大事じゃない?

なにが言いたいかというと、本書『小商いのはじめかた』の写真、おしゃれすぎるよ!ハードルあげてるよ!

 

3.ネットを活用する力

自分で情報を発信する力が大切ですね。本当に下町みたいなところで、目の前の人を相手にする小商いもありだとは思いますが、ニッチなところを狙って商品・サービスの価値や製作者の思想に共感してくれる人を探すならネットを使わない手はないでしょう。

本書の中でもSNSを使って、メディアに取り上げられて波に乗った例がいくつもでてきます。

自分でHPを作れて、イラストレーターやフォトショップなどのウェブデザインができれば尚良し。店のロゴ作ったり、おしゃれで、かわいいセルフブランディングができちゃうよ!自分でダメなら、得意な友人に依頼するのもありなので、その場合、人脈がものを言いますな。

でもこの辺は言ってもきりないから、最低限ブログやフェイスブックツイッターができればとりあえず情報発信はOKとしよう。商品販売にしても、minneやメルカリ、BASEとかあるからね。販路を既存のサイトに依存するのは「小商い」と呼べるかはわかりませんが。

よし、ここはなんとか及第点だ。

 

4.コミュニケーション能力がある

「小商い」ですからね。例えば企画、開発、販売、広報、すべて自分でやるから、その過程で誰ともコミュニケーションとらないってまぁ無理だよね。あと何か新しいことをはじめようとしたら、人に教えてもらう必要もあるでしょう。

人とつながる、人を巻き込む、そういうのを楽しいと思えないとふつうにパソコンに向かって仕事してる方が楽です。正直、伊藤さんの『ナリワイを作る』を読んだときは、面白そうな生き方だが、この人だからできるような…と感じました。だって、コミュ力高いんだもん。

私、今の会社では隣のデスクの人ともスカイプでやりとりしてるし、それがすごい楽なの。それなのに休みの日は、誰とも話したくないの。愛想はいい方だと思うけど、無意識に気をつかうから疲れるのです。

私、小商い向いてないな…。

  

5.想像力(創造力)がある

あえて書くまでもないので書かないつもりだったのですが、特徴4つだと寂しいかなと思ってあえて書く。

現代において「ナリワイ」「小商い」を選ぶ人というのは、消費よりも、創造が楽しいと感じる人。贅沢に興味はないが、生活の質を重んじる人でしょう。そういった趣味趣向があるからこそ「小商い」に結び付き、楽しめる。

「消費」が好きな人にはあまり向いてないと思います。

 

非常に遺憾ながら「ナリワイ」「小商い」を作るのにどうやら私は向いていない方の人間のようです。

3だけ及第点。1.2.4は落第。5はそうありたいと思っているという感じです。いや、本当は1のDIYが得意になりたい、DIYの思想にはすごく憧れているのですがね…。

 

ただ小商いの良いところは、例えこんな向いていない私でも、できる小商いがあるかもしれないということです。自分の苦手なことに無理に取り組むと苦痛になるので、苦手を避けたうえで仕事を作る、自分に向いている仕事を自分で作るからこそ小商いではないでしょうか。

そして、小商いは失敗してもやり直しがききます。そもそもトライ&エラーを繰り返すのは前提であり、少しずつ発展すればOKという適度な緩さがあります。

 

※ただ本書では、トライ&エラーのエラー部分、要するに失敗に関する言及が少なかったのがちょっと物足りなかったです。

また、初期投資に100万以上かかる例もでてきましたが、私の金銭感覚としてそれはもう小商いではないですね(一般的な商売を始めるリスクを考えたら低リスクなのかもしれないですが)。

あと小さく初めても、社員を複数人雇えるレベルまで発展した場合も、「小商い」というレベルを超えたと思いました。他人の人生に著しい影響を与えるのは「小商い」に似つかわしくない気がします。

なにをもって「小商い」とするかはやはり個々人の価値観によると思うので、あくまで個人的な感想です。

  

優秀じゃなくてもいい。どこに行っても、とりあえず生きていけるだけの生命力がほしい。実際に小商いをするしないに関わらず、「小商い?やってみようか!」と軽く言える自分になりたい。